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 それから、ティアは改めて自己紹介を始めた。

「えっとね、わたし、動物が大好きなの」

「へえ。なんでも好きなの?」

「うん。ここの近くに住む動物の言葉、わたしだけがぜんぶ喋れるの」

「すごいね。僕、動物の言葉なんて、喋れるどころか理解できないよ」

 動物といえば、人懐っこい動物か、襲われる動物かに二分される。

 僕の旅は、どちらかといえば後者の動物が多い。話すなんてもってのほかだった。

「感じれば、だいじょうぶ。ライルも、きっと、話せるよ」

 風にキスをするように唇を寄せて、口笛を吹き鳴らした。

 海から聞こえる汽笛よりも、ずっと大きくて澄み渡っていた。

「どうかしたの?」

「いま、呼んだ」

「え? なにを?」

「ゲイル」

 誰だかわからなかったまま、空をあちこち見回していると、くいくいと少女が袖を引っ張った。

「な、なに?」

「ん。向こう、行く」

 雪のように白くて、綿毛のようにふわふわしていて、まるで雲をそのまま持ってきたみたいな不思議な花。

 蛍の灯火のように儚く揺れている。

 屈んで触れてみると、仄かに温かくて優しい香りがした。

「摘んで、輪にするの」

 一輪を摘み、周りから丁寧に一本一本折り、茎と茎を繋ぎだす。

 倣ってやってみると、思ったよりも難しい。

 か細い茎は輪にしている途中ですぐに折れてしまい、ティアのように巧く結うことができなかった。

 花をできるだけ無駄にしないように、慎重に、慎重に……。

 夢中で結っている途中、ふと目の前が大きく翳った。

「……え?」

「ゲイル、遅い」

 彼女の腕にとまっているのは、とても大きなワシだった。

「だいじょうぶ。わたしのともだち」

 何も言えず、ただ見つめることしかできなかった。

「ほら、あいさつ」

 似合わないくらい大きなワシが、よたよたと肩まで歩いていき、頭を撫でた。

 クルルルルル……

 喉を鳴らしながら、大きく翼を広げ、お辞儀をしたように見えた。

「あ、えと、どうも……」

 クルルルルル……

 ティアが頭を撫でてあげると、目を瞑って甘え始めた。

 僕には信じられない光景だった。

 犬や猫、それよりもっと小さくておとなしい動物ならまだしも、ワシがこんな小さな少女に甘えるなんて。

「この子の名前、ゲイルっていうの」

「そ、そっか……」

 優しい目をしているし、ティアに懐いているというのも分かっているけれど、少しだけ怖くて、まだ友達なんて呼べなかった。

「ライル、触る?」

「う、うん……。その、だいじょうぶ、だよね」

「だいじょうぶ」

 手を恐る恐る伸ばすと、腕を一瞥し、ティアの腕を伝って、僕の白い装束に乗ってきた。

「うわっ!」

 あまりの重さに腕が落ちてしまい、ゲイルが慌ててティアの肩の上に戻る。

 予想以上に重かった。

 ティアって、見た目よりも力持ちなんだなぁ…。

「しっかり持つの」

「はい……」

 自分よりも年下の――たぶん、だけれど。そういえば、まだ年齢を訊いていない――少女が持てるのに…。

 少しだけ、ショックだった。

 腕に力を入れて、やっと支えられた。

 ずるずると下がってしまいそうになるけれど、ゲイルが一歩ずつ歩いてきてくれる。

 ……あ。

 この子、風の匂いがする――ここの村のような、優しい香り。

 たったそれだけのことで、僕はゲイルと馴染めたような気がする。

 元々、ゲイルは僕のことを警戒してなどいなかった。

 ティアの紹介だったからなのか、それともこういった環境に慣れているのか、分からなかったけれど。

「花、できた?」

 クルルルと鳴くゲイルと戯れていると、不意にティアが言った。

「あ、うん。こんな感じでいいのかな」

 こくりと少女は頷いた。

 ゲイルが僕の肩から離れた先を見ると、コロナが洗濯物が入った籠を持って歩いていた。

「おはよう、ゲイル。今日も元気ね」

 摘んできたばかりの葉を一房、ゲイルの嘴にくわえさせた。

 …ワシって、肉食じゃないのかなぁ。と思ったけれど、ここでの生活から山菜も食べるのかもしれない。

「おねえちゃん、これ」

「なあに?」

 ティアがコロナに渡したものは、先ほど作った花の冠だった。

 結婚式でするような豪華な髪飾りのようで、とても花で作ったとは思えなかった。

「ライルも」

「あ…。はい、コロナ。……今までと、これからの、お礼」

 コロナは受け取ると、くすくすと笑って、二人分の花冠を頭に乗せた。

 風が吹いて、花びらが髪飾りから散っていく。

「私たち、子どものころに両親を亡くしているんです」

 不意に。

 少女は告げた。

 なんて言っていいかわからなくて、けれど、言わなくていいような気がした。

「まだ、両親が私たちのそばにいたころ、よくこうして花冠を作ってくれました」

 両手で二つの花冠をつかんで、深くまでかぶった。

 その手は徐々に額の中心へ向かっていって、握った手は強くなっていった。

 ………泣いてる、のかな。

 わからなかったけれど、何も言わず、何もしないで、ただ、何かを待っていた。

「だから、ありがとうございます。ライルさん」

「え…?」

「あなたは、私たちの家族です、きっと」

 そんな不確かな家族なんて、と思ったけれど。

 この村は、きっとそうしてできているんだろうと思う。

 少女は最初に言った。

 この村は人々の温もりでできているんです、と。

 あぁ、なら。

 彼女らに恨まれる立場であるはずの僕だって。

 その人々の温もりと優しさに抱かれて、生きていけるかもしれない―――。

「………ねえ、コロナ」

「はい?」

 少女はすっかり今までどおりの笑顔を浮かべていた。

 結ばれたはずのわっかが途切れて、一つの糸のように空へと流れていく。

「僕、もう少し、この村にいてもいいかな?」

 きょとんとした表情。

 くすくすと少女は笑って。

 ティアもいつの間にかコロナの隣にいて。

 二人は空を背景に言った。

『ようこそ、人々のための村 アーネンフェルツェへ』

 目次02

 

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