風唄 ―― Hand Down the Story from Generation Canzone ――


  Preface / 風の音が聴こえる丘

 青色を湛え、澄み渡る空。
 その下に風車が気持ちよさそうに廻っている。
 大層な田舎で、とにかく新陳代謝が遅い。
 なにもかもゆったりと時間が流れていき、まるでその風車のように、ゆっくりとゆっくりと、幸せな日常を繰り返していく。
 その、風車が音も立てずに静かに廻る小さな村。
 彼女たちは、煽られた風によって飛んでいった洗濯物を追いかけている。
「お姉ちゃん、ぜんぜん、追いつかない、ようっ」
「わあっ、急がないと麓まで落ちちゃうっ」
 既に洗濯物は泥まみれだ。
 でも、一生懸命に追いかける。
 汚れても、破れても、丁寧に繕って何度でも使う。
 それが、この村の当たり前の出来事だった。
「ティアっ、急いでっ」
 名前を呼ばれた少女は、ばっと飛んでようやく洗濯物を捕まえた。
 砂のように草の欠片が飛ばされていく。
 草むらの上に転がったために怪我はどこにもないようだった。
「ティア、だいじょうぶ?」
「うん。……お姉ちゃん、しっかりしてよ」
「ご、ごめんね。今日、こんなに風が強いと思わなくて」
 ふと顔に影が差して見上げれば、いつもは顔を覗かせる太陽が隠れてしまっていた。
 山に住む人間に雲の動きに関して浅学なものはいない。天気は常に変わるから、雲の動きを読むことに長けているのだ。
「一雨降りそうね。急いで帰ろう」
「うん」
 しっかりと手を繋いで走ってきた道を逆戻りする。
 緩やかな坂道は整地されておらず、どこが道だか酷く分かりづらい。周りは緑に覆われており、歩く場所がかろうじて土になっている程度だ。
「あ……雨だ………」
 ティアの鼻に大きな雨粒。
 それを引き金に一気に降り注ぐ。
 反射的に空を仰ぐと、どんよりとした、さっきよりも厚くなった雲が見えた。
 こんな土砂降りは久しぶりのことだった。
 そう、こんな当たり前の日常を繰り返す風車に、なにか別のものが入り交じってしまったように。
 急にティアが立ち止まる。
「どうしたの?」
 訊ねて、彼女の指が示す場所に。
「お姉ちゃん、あれ、ひとじゃない?」
「え……?」
 彼女たちの村の裏にある森。
 よく見ると、ボロボロの布のコートが草むらの中に落ちていた。
 雨に打たれている、ひと。
「た、たいへんっ」
 ふたりでようやっと捕まえた洗濯物を放り投げて、慌ててうつ伏せに倒れているひとへと駆け寄った。
 見慣れぬ小柄な少年だった。
 彼女たちが住む村は小さい上、付き合いが家族同然でもあるため、知らない人間などいない。
 この衰弱しきっている少年は他の場所から来たようだ。
「ティア、運ぶの手伝ってくれる?」
「う、うん……」
 当たり前を繰り返す少女たちの、また違った当たり前が紡がれていく。
 そんな切っ掛けになる少年との出逢い。

 ―――それは、きらきらの宝石みたいな、素敵な日常の物語。

目次 / 第一章 灯火が照らす硝子の風車

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