第一章 絵空事 ――We wanna Go into the Fabrication――

 学校というのは、怪談を作るのに最適な場所だと思う。
 薄暗い風が木々を揺らす。ざわめきが校庭という会場で合唱していた。
 寒いのは好きだが、涼しいのは嫌いという特異体質であるので、夜間に外出するのはなるべく避けていたのだが。
 元はといえば、こんな時間にひとりで歩かされているのは、幼馴染みからのひとつの電話のせいだ。
 涼しいからいやだと断ったのだが、やはり心配ではある。魔法使いというのは人間の常識からかけ離れたものだから、本当に噂どおりのものかもしれない。いや、黙ってはいたが、確信を持ってそうと言える。けれど、確信はふたつ。ひとつはそれ。もうひとつは安全だというもの。なぜなら、それは―――
 ……今、考えるべきことではなかった。危険ではあるけれど、決して命を落とすまでの危険さではなく、確実に抜け道があるということだけ知っていれば充分だ。
 だから、向かってはいるものの、歩いていた。足は学校、意識は幼馴染み――儚絵未波と萩原聖也。
 こうして、彼の振り撒いた災難は、本人に気づかぬまま、自然と周りに迷惑をかけるのである。合掌。
 玄関から堂々と入ろうと思ったが、足跡が校庭の砂にはっきりと残されていた。
 これじゃ、見回りの先生が来たとしたら、間違いなく見つかってしまうだろう。そんな目敏い先生など、この学校にはいはしないが。
 その足跡を追っていくと、どうやら裏口から入ったようだ。鍵は……元からかかっていない。なんて無用心さだろう。それに、靴もそのまま土足で。冷たい光の中、茶色の靴跡はよく見える。見つかるのを覚悟で入っているとしか思えない。
「まったく、もう……。こうやって、いっつも巻き込まれるんだよねぇ……」
 愚痴っても仕方がない。準備室へすたすた歩いていき、その現物を見た。
 ―――ああ、なるほど。これは魔性だ。
 見た瞬間、あっさりとその噂が事実だということを受け入れた。
 変哲なカタチをしているわけでもない。装飾が不気味だとか、そんな理由でもない。この鏡は、空気を変え――否、世界を産み出す。
「いない、か……。ほうっておくわけにもいかないしなー。でも、オレのほうが先に来てたら骨折り損なんだよねぇ……」
 うーん、と異界の中でノンキなことを考える。
 うごめく闇を幻視させる鏡に触れてみた。ぐるぐると螺旋を描き始める。
 あー、マズい、かなー?
 最後までちょっとズレたことを考えつつ、引き込まれるのに抵抗しなかった。
 光を凝縮するような強い力を感じた途端、意識が鏡に溶け込むように、同化するように、消えてしまう。
 どうか、確信が当たりますように、と自分自身に祈りを捧げながら。

 ※

 意識が混濁していたのが急に晴れる。寝起きのような、不愉快な回復。頭、ちょっと痛いし。そのせいか、空中に浮いているような気もする。
 下を見ると、まさに、高いところから落ちているらしい。
 ……って、ええっ? こんなおなじみの展開、アリですかっ!?
 声に出す暇もなく、思わず目を瞑ってしまい、地面に衝突する――直前。
 ふわりと私の体が持ち上がる。誰かに支えられたようだった。
「だいじょうぶか?」
 映画に出てくるワンシーンみたいな格好で、聖也は私を受け止めてくれていた。ゆっくりと頭が回り始め、「コレは、すごく恥ずかしい」とやっと認識した。
「あ、う、うん……」
 ありがと、と小さく呟いて、彼の手から滑り降りるように急いで足をつく。
 男のひとにこんなことをされるのは当然ながら初めてで、たぶん、顔は真っ赤だと思う。聖也に恋愛感情を持っているわけではないけれど、女の子なら、こーゆうの、憧れると思うし。だから、顔が赤くなってるわけで。ホントだってば。
「悪いな、未波。鏡の中に引きずり込まれちゃってよ」
 たいして悪いと思っていないような口振りに、私の目は半眼になった。
「いいわよ、別に。気にしてない……っていえば、嘘になるけど」
 言い訳や嘘をついても分かってしまう。嘘をつかれていやな気分にさせるくらいなら、自分ではっきりと言ったほうがいいと思う。持論であるから、保証はできないけれど。
 辺りを改めて見渡してみると、そこにはなにもなかった。
 地面は骨を砕いたかのように真っ白な砂で、それが地平の彼方まで続いているが、それでも大地は終わっていた。在るのに無い。在っても無くても変わらない大地。風はなく、砂塵となって舞うこともない。枯れ木を思わせる植物が転々としているだけ。不毛の土地。
 空は色として表すことができない複雑な色で、たくさんの薄気味悪い色が混ざり合って、限りなく近い黒を形成しているような色とでも言えばいいだろうか。明らかに、私たちのいる世界とは異なっている。
 ここは、一種の檻だ。
 決して出ることができない――感じさせるほど、自然な佇まいを見せる世界。
 鏡の中の私は、こんな場所にいるのだろうかと思ってしまい、これから鏡を見るのを控えようと思った。だって、こんな空虚な世界は寂しすぎる。
「なんにもないんだな、ここって」
「……で、どーするのよ。不吉な噂を跳ね飛ばす対策でもあるんでしょうね?」
「いや、ぶっちゃけ、微妙」
 殴りたい衝動に駆られたが、ここでこいつを丸めてクチャクチャにして粗大ゴミに出しても意味はない。それに、こんな空間に独りでいたら、気がどうかしてしまう。
 というよりも、これをゲームとして作ったのなら、ここからどう先へ進めばいいのだろうか。進むための情報がなければ、進みようがない。……あ、そっか。永遠に、ここから出られないんだっけ。情報なんて不必要か。って、それはまずい。そんな結論に達してしまったら、それこそ意味がない。
 でも、ここには出口なんてもの、存在する気配の欠片すらない。
「……なあ。ゲームに、ボスってもんはお決まりだよな」
「はあ? なに言って……」
 視線を冷たく送っているほうへと振り返ると、そこには確かにボスがいた。
 深い緑色のローブをまとい、漆黒の翼が対称に広がっている。顔は見えないが、瞳からは凍てついた波動を送り続けられているような気がした。私は、勝手にこのひとは蒼い瞳をしていると思った。だって、こんなに冷たくて見えない視線、氷みたいだ。
 コウモリをイメージさせるそいつは、私たち二人の前に堂々と舞い降りた。透き通った暗闇の足音が反響する。ステージの真ん中に立たされているようだった。
 数歩の距離を置いて対峙する。
 武器はない。詠唱の関係から魔法も使うことはできない。まさか、こんなことになると思っていなかったから、実戦で役に立つ魔法用具だって家に置きっぱなしだ。
 周りの闇は、それから放出されているように見える。光が当たっているはずなのに、影はどこにもなかった。私たちの影はきちんと映っているのだけれど……。
「あなた、だれ」
「お、おい……」
 いきなり声をかけるな、とでも言いたいのだろうが、それを無視した。
『それは、これからご覧に入れましょう。それと、忘れないで下さい。いつの世界でも神と呼ばれるものが世界のルールを創ります。つまり、ここは私の創った世界でありますから、あなたたちもルールに従っていただきます』
 言うことが簡潔すぎる声。こんなきれいな声をしているとは思わなくて、きっと、今の私は、空を飛ぶクジラを見たような顔をしているに違いない。それくらい驚いた。
 だが、その落ち着いた声の裏に隠されている負の感情は、簡単に読み取ることができた。隠しきれていない。それが逆に怖かった。
「ご覧に入れるってどういうこと?」
 くすりと悪戯っぽく笑った。
『だから、これから、ですよ。……あら』
 フードで顔を捉えることはできないが、首が微かに上を向いたような気がした。それにつられて、不自然な空を見上げてみる。
 私たちの真上の空が、白銀の光で穿たれた。ぽっかりとドーナツみたいに穴が開き、そこから本当の空色が微かに見える。
『新しいお友達のようですね』
 白い煙をまとって舞い降りる、ひとつの影。
 それは―――
「ゆ、優くん……?」
 私のように――聖也が助けてくれなかったら、と仮定したとき――無様に落ちるかと思ったが、上手に体を捻って音もなく目の前に着地した。
 ちょっと青っぽい髪が着地の際の風で揺れている。私よりもほんの少し背が高い程度で男の子の中では小さいが、それでも華奢なイメージはさせない。全体的に黒を好む彼は、やっぱり今回も全身真っ黒だった。
「や。こんばんは」
 こんなおかしな状況の中、冷静なのは彼しかいないと思う。もしくは、常にマイペースであるといえる。いつものように笑って挨拶をしてきた。
「あ、こんばんは。って、違うっ。なんで、あなたがここにいるのよっ!」
「えー? 来ちゃダメだった?」
 ちらりと、私の後ろのやつを一瞥する。どうしてか、ふむ、と頷いた。
「そういうことを言ってるんじゃないのっ! その理由を―――」
『―――訊く前に、とりあえず、ゲームを進めましょうか』
 骨しかないと錯覚するほど細い腕を天に掲げると、竜巻のように景色が回り始めた。
 流れる時間と風景。世界が、高速で転がっている。
 だが、風が強くなったり、雷鳴が轟いたりしているわけではない。絶え間なく景色だけが大きく回っている。瞳を閉じなければ、目が回ってしまいそうだ。
「あぅー。目が回るよー」
 彼は相変わらずノンキだった。目を閉じればいいのに、ひとつの景色を追いかけて彼自身もくるくると回っていた。まるで、なにかを観察するかのように。
「目、閉じたらどうだ?」
 呆れた声で聖也が言った。彼はとうに目を手で覆い隠している。乗り物酔いが激しいひとなのである。
「……うーん」
 答えはただ唸るだけだった。
 耐え切れなくなって、自分の服を握り締めながら目を瞑る。服に触れて初めて気づいたが、どうしようもなく汗ばんでいた。
『私の世界は、毛玉ですから。このように汚く編んでしまったら、元の毛玉に戻すのには少々時間がかかりましてね。ほら、もう少しですよ』
 距離はあるはずなのに、なぜか耳元で囁かれているような気分だ。かといって、目を開けると酔ってしまいそうだから、手で周りを振り払うだけにしておいた。空気を掴んでいるみたいな、不思議な感じが手を染める。
『ルールの説明は、こちらの準備が整い次第ということで。また、お会いしましょう』
 蜃気楼のように、そいつの姿が掻き消えてしまった。
 ぽつりと残される。あまりの展開についていけない。
「おい、未波……。お前、目が虚ろだぞ。生きてるか?」
「え、あ、うん。なんとか、だいじょぶ、かな……」
 なにがなんだか、ぜんぜん分からない。周りの景色だって上手に表すことができないし、頭の中だってある程度は戻っているけれど、マトモに動くはずもない。
 ふぅ、と大きく息を吸ってから、肺の中の空気を全部放り出すように吐き出した。よし、これでだいじょうぶ。いつもどおりの私だ、きっと。
「聖也こそだいじょぶ?」
「ああ、ちっとも平気じゃない」
 今度は、目ではなく、口元を押さえていた。かなりの気持ち悪さであるのか、顔色が少しだけ悪いような気がする。空気に色があるみたいに青ざめていた。
「優くんは?」
「はいぱー元気だよー」
 明るい声。私の心の中に居座っていた暗闇を打ち払う。
「そう……。それならよかった……」
 安堵の息をつく。だいじょうぶで、本当によかった。
 それしかできない頭よりも先に、鼻が機能し始める。
 花の、匂い……?
 淡い匂いに誘われて振り向くと、そこは一面の花畑だった。美しい巨大な庭園。風に流れて、花びらが羽根のように舞っている。掛け値なしにきれいだと思った。
 景色の端から端まで花畑である中に幾つかの家がある。レンガ造りの西洋風の家。一昔前の造りのようで、煙突からはほんのりと甘いオレンジの匂いがした。
 整地されていない道は、今では珍しい黄土色の砂の道で、旅の休憩用なのか、転々とベンチが置かれている。私たちと同じくらいの子が固まって座っていた。外の景色を見ながらのお弁当なのかもしれない。
 聖也は、口元から手を離し、優くんに不機嫌そうな顔をした。というよりも、気分が悪そうな顔だった。
「で、なんでお前も」
「えー? だって、聖也、誘ってくれたでしょ? 気が変わったから行こうかなーって思って。ダメだったかなぁ?」
「そんなこと言ってねぇけど、お前がいてくれる分にはちょっと安心するよ。普通の知識も含めて、ムダな知識もやたら多いからな。手助けになるだろ」
「あなたは、普通の知識が致命的に少ないけどね」
「男に知識なんぞ不必要なんだ」
 どういう理論だ、それは。
「うーん、それにしても、ここ、すっごい気持ちいいねー」
「うん。さっきとぜんぜん違うね」
「そりゃ、あれほど景色が回転したからな」
 無茶苦茶な設定によほど腹が立っているらしい。「世界を支配しているとか言ってるクセに、どうして移動させるのにあんなに時間がかかるんだ」とぶつぶつ言っているのが聞こえた。
「それでも、やっぱり、中身はおんなじだね」
「どういうこと?」
「だって、ここ、ヘンに美しすぎるでしょ。ひとも、オレたちと同じようなひとしかいないみたいだし」
「俺たちと、同じ……?」
「うん。だって、ほら、あの真ん中の黒髪の子……」
 促されたほうに目をやると、私がさっき見たひとの集まりだった。とりわけ、ヘンな風には見えない。私たちと同じような格好をしている。
 ……あれ、私たちと、同じ服装? それは、つまり。
「鏡の中に吸い込まれたひとってコト?」
「そゆコト。神さまが設定したひとたちじゃなさそうだし、会って話してみようよ」
 考えてみれば、当たり前のことだった。
 独自の文化を築いているひとたちにとって、服装というのは明らかに異なる。このような都心と切り離された場所は特に目立つ。ならば、この服装はどう考えても異質なはずなのだ。
 丘の上の花畑から出て、砂の道を歩く。爽快な景色はどこからでも堪能できる。
 さっき見たときは風景に同化していて気づかなかったが、道の脇には街灯が手前から向こうへと伸びていた。最初から最後までまっすぐではなかったが、それでも空に架ける梯子のように見えた。それくらい長い、まっすぐに見えるような道。その途中に彼らはいた。
 黄色い背丈くらいありそうな大きな花の周りにくぼんでおり、その中にある木でできているベンチに座っていた。
 声をかけようとする前に、長い黒髪の少女が顔を上げる。
 そのまま硬直してしまった。
 ぽかんと口を開けたまま、優くんを除く二人は彼女を見つめていた。優くんは、名指ししたときから気づいていたらしい。
 彼女のほうも、驚いた表情を隠せないまま、同じように見ている。
「あ、あれ……。せ、聖也くん……?」
 優くんが示していた子が、聞き覚えのある声で幼馴染みの名を呼ぶ。
「な、なんで、お前……」
 ―――その子は、聖也の彼女である、五月女夏姫だった。

 ※

「……で、どうして、お前がいるのか、話してもらおうか」
 他の男の子たちと話していたのが気に入らないのか、夏姫に怒った態度を隠さないまま言った。
 その先ほどまで夏姫と話していた男の子たちは、彼にちょっと怪訝そうな顔つきのまま、私たちに軽く自己紹介をしてから、対する位置にあるベンチへと腰かけた。この集団の中に、女の子は夏姫しかいなかったようだ。
「えっと、その、怒ら、ない?」
 聖也の顔を見上げるような形で、恥ずかしそうに言う。いつもの聖也なら、ここで顔を赤らめて許すくらい甘っちょろいのだが、よほど怒っているらしい。
「理由によっては」
「あう……」
「ちょっと。そこまでキツく言う必要はないでしょ」
「俺は今、キレてるんだ。ちょっと黙ってろ」
「……あんまり、怒声はあげないでよ」
 彼女が他の男の子に気を持つなんてコトは、絶対にありえないことなので、聖也もいずれ納得してくれるだろうと思い、それだけに言葉を留めた。聖也は、夏姫のことが、心配なだけなんだから。
 夏姫という子は、私の親友である。去年同じクラスで、すごい偶然からなのか、毎回隣の席だった。私が羨望している唯一のひとでもある。
 絹を梳ったかと思うくらいきれいな黒髪をしていて、それを高いところでふたつに留めている。白妙の服と、薄い黄色のロングスカートがよく似合っている。
 学校の中ではとても有名なひとで、頭脳明晰、家事万能、運動神経抜群、容姿端麗とまさに非の打ち所がない。けれど、様々なところで抜けており、結構、意外なところでドジをしてしまったりするすごくかわいい女の子だ。その能力を認められて、先生から指名を受けて生徒会の指揮を執る――つまり、生徒会長の立場だ。この前、聖也が夏姫とともに帰ることができなかったのはこのせいである。
 学年一バカな普通のひとと、学年一天才なかわいいひとが、どうやったら付き合える関係になるのかは非常に謎なのだが、そんなことはこの際、どうでもいいことだ。
「まさか、そこにいる男の誰かに誘われたんじゃないだろうな」
「え、ええっ。ち、違うよ。そんなコト、絶対してないよ」
 両手を振って慌てて否定する。柔らかそうな髪がふたつの馬の尻尾みたいだ。
「じゃあ、どうして」
「ええっと、そのぅ……。あの、優希くんに、誘われて……」
 ぎろりと音が出てしまいそうなほど、彼は思い切り振り返り、ノンキに口笛なんか吹いている彼を睨む。
「優希、お前、なに考えてやがる」
「だって、夏姫さん、最近、寂しそうだったからね。オレも聖也に誘われてたし、行く気満々だったから、夏姫さん誘えば中で会えるんじゃないかなーって思ってさ」
「そういう問題じゃないだろ。だって、ここは―――」
「―――永遠、か。それは違うよ」
 なにもかも知っているような口ぶりで、彼は諭す。
「ここは永遠じゃない。本当に、ただの、ゲーム。永遠を感じるように捏造された、不確かな境界線を持つ世界のひとつだよ」
 意味深な言葉を残して、今度はリズムの崩れた唄を口ずさむ。懐かしい感じがした。
 夏姫が聖也に振り返って、ぺこりと頭を下げた。
「あの、聖也くん。勝手に行って、ごめんなさい」
「……別に、俺が謝られるようなこと、してない。けどな、こういった危ない場所に来るときは、必ず俺に言え。頼りないかもしれないけど、そういうの、言ってほしい」
 小さな、祈りのような声。
「うん、ごめんね」
 彼女は小さく微笑みながら謝った。これでこっちの問題は解決したようだ。
「夏姫、あんまり聖也に心配かけちゃダメでしょう?」
「あ、うん、そだね……。でも、どうしてなのかな、わたし、どこか行くときには、必ず聖也くんに一声かけてから行くのに……」
「優くんに誘われてたからじゃないの?」
「そうなのかな……。少し、違う気がするけど……。なんだか、聖也くんに悪いな」
「彼、別に気にしてないと思うわよ」
「それならいいんだけど……。うん、未波、ありがと」
 無垢な子どものような笑みを浮かべてくれた。いやなことがあったとき、いつも彼女が助けてくれた。大切な、ひと。
「ううん、こっちこそ、ありがとう」
「え?」
「なんでもないよ」
 ぽんと頭の上に手を載せる。
 肩の強張りが解けて、もうひとつのベンチに座っている男の子たちに目をやった。
 見覚えはないから、私たちの学校のひとたちではないようだ。あの無用心さだから、どこからか噂を聞きつけて侵入したのだろう。
「それで、君たちはオレたちみたいに鏡に吸い込まれてやってきたのかなー?」
 優くんが一本の花を摘んで空へと放つ。
「ああ。日常に退屈してるヤツなら誰でも入れるらしいからな。興味本位でやってみようかと思ってよ。悪いけど、不法侵入した」
「こんな平和だったら余裕だけどな」
「そうもいかねぇんだよな、これが」
「どういう?」
 私が問いかけると。
 ため息が、重くなる。
「俺たち、三人で来たんだけど、ひとり、死んだ」
 長い沈黙が流れる。周りの風景に馴染まない。
「その危険をたった今、会ったこの子に話そうと思ってたトコだ。彼氏、キレんな」
 茶化すように言う。
 聖也は恥ずかしさからか、むっつりとしているが、努めて冷静に返答する。
「……それより、死んだってのはどういう意味だ。こんな場所で殺されることなんて、ありえないだろ」
「そうやって、俺たちも油断した。アレは、唐突にやってくる。そもそも、あいつの目的ってのは知ってるか?」
 あいつというのは、自称神さまのことだろう。知らない、と首を振ると、彼は今までの結果から考えたことを伝え始める。この世界から脱出するために。
 思わず、周りを確認してしまう。景観に歪さはない。
「あいつはな、この世界で仲間割れを狙ってる。今はこうして喋ってられるけど、これでも精神的にかなりきついんだ。いや、きつかった、かな。話してるだけでもずいぶんと気は楽になったけどさ……。とにかく、揉めてるなんてことはマズい。そういった意味で、あんたの行為は褒め称えるべきだったな」
 私に目を向けた。聖也から一歩引いた態度をとったことだろう。そういう意味でやったわけではないのだが、結果的にそうなれば問題ない。
「んで、先に言っておくが、家の中に入ればさよならだ」
「あそこに入った仲間が、そのまま帰ってこない。オレンジの香りに誘われて入っちまってな。なんつーか、あの中はモンスターだな。日常なんてものじゃなくて、中全部が闇で覆われてる。咀嚼されて、死亡。ジ・エンドだ」
 空想的な話が具現化すると、ここまで強烈なのか。望まなければよかったといまさらになって後悔した。
「あの、その亡くなってしまった方は、どうなるのかな?」
 夏姫を見てみると、聖也の袖に掴まって震えていた。だけど、それを言葉にしない。
 どうなるかは分からないと言った。この世界でのゲームオーバーは、現実世界に帰ったときでもゲームオーバーのままなのだろうか。それとも、ゲームのように都合よく復活できたりするのだろうか。
「うん、それと」
 優くんが空の彼方を見上げながら言った。
 いつもどおりの空色。どこか陰りを含んだ夏の色。
「この世界にいるときは、心を強く保とうとしたほうがいいよ。弱い心は精神を蝕まれちゃうから。そして、それは流行り病のように感染する。そしたら、その時点で神さまから制裁が来ちゃうから」
 相変わらず、詩人のような台詞。彼はこういった台詞を好むのだ。
「お前、なんか知ってんのかよ」
「知らなーい。今、そこの兄ちゃんから聞いた言葉を、オレなりに勝手に解釈しただけだもーん」
 ああ、そう。みんなで一斉にため息をつく。彼のペースについていくことなんてできるはずもなかった。
「それで、あんたらはどうするんだ?」
「なにを?」
「ここからの脱出方法は知ってるかってこと」
「知らないわ。いずれ、神さまから自己紹介でもあるんじゃないの。あなたたち、そいつから準備までお待ちくださいとか言われなかった?」
「言われたけど、シカトした。まさか、ここまでリアルに再現されるとは思ってなかったし。分かったことは、余分なことはしないほうがいいってことだ」
 確かに、と思う。
 優くんは基本的に物知りだから知っていたかもしれないが、少なくとも私たちは、死なんてものを想像すらしていなかった。あ、でも、永遠の中に閉じ込められたという点では、少しくらいそういうのも考えていたかもしれないけれど。
 私の考えは矛盾を内包している。
 永遠に閉じ込められるという怖れを認識できていないのか、ちっとも怖くない。
 ……それは、隣にあのひとがいてくれるからなのかも。ちらりと思う。
 ぶんぶんと激しく頭を振って、危機感を持つようにした。だって、なにが来るのか分からないというのなら、常に警戒心を強めておかなければならない。脱出する場所だってあるかもしれない。その前に死ぬわけにはいかないのだ。
「ま、平穏な生活には、常に危険と隣り合わせなんだけどな」
 頭を垂れて、男の子はため息をつく。
「次の指示を待つしかないか……」
 もうひとりの男の子も同様にため息をついた。
 なんとなく話す気力が失せたのか、誰も話さずに、優くんを除く全員がベンチに座り込んだ。彼はさっきからずっとクローバーを空に飛ばしていた。
 でも、なんとなく私は男の子が死んだ理由が分かった気がする。
 ここは、あの神さまとやらの世界。あれが世界の基盤を作り、ルールを作るというのなら、説明する前に飛び出してしまったことが原因ではないだろうか。待たなかったから。ルールを破ってしまったから。
 当たり外れの解答はないが、おおよそこんなことであろうと思う。
 だからといって、いつまでもあれの指示に従っているというわけにもいかないだろう。性格が悪そうだ。必ずしも出口まで導いてくれるとは限らない。
 そしたら堂々巡りだ。出るために約束を破らなければならない。だが、約束を破ると殺される。永遠に、出られない。
 優くんの目が殺気立った瞬間に風がなくなった。クローバーも飛ばなくなっている。
『こんにちは。この世界はどうですか?』
 絶望という風をまとい、そいつは現れた。
 なにも変わらない。だが、世界はそれで終わってしまう。
『改めまして、自己紹介を。私の名前はイーターといいます。以後、お見知りおきを』
 イーター。魔法の世界で妖魔とされており、字を当てると、食人鬼。ひとを食べるという観点から見たらどうか分からないが、ひとの精神を蝕むという点では、その名前は滑稽なほど相応しい。
『ご存知の通り、神の創ったルールに反すると、なんらかの処罰が加えられますので、あまりルールは破らないでくださいね』
「……てめぇ、ふざけてんのか」
 男の子が反射的に立ち上がった。自我を失いかけている。自分で言ったことを忘れてしまっている。
 あくまで、くすりと小さく笑った。
『お気に召さなかったようですが、ルール違反は重罪ですから、それなりの処置をとらせていただきました』
「俺たちはルールなんて知らなかったんだ!」
『私はルールを説明するまでお待ちくださいと言ったはずです。それ以前に勝手に動いてしまい、ルールを破ってしまったのを私のせいにするのはどうかと思いますが』
 ぐっと握る手が強くなる。正論だけに言い返すことができないのだろう。
 怒りを隠しもしない声で問う。
「……訊くが、死んだやつはどうなる。元の世界に帰れたら生き返ってんのか?」
『さあ。それは、帰っていただいてからのお楽しみということで』
 悪魔めいた嗤い。
「ふざけんな!」
 走りだす。
 それを止める暇もなく。
 ―――彼の背中から、不恰好なふたつの翼が生えていた。
 鋼の、飛ぶという行為に対して、あまりに絶望的なものが突き刺さっている。
 剥き出しの翼を守るかのように、赤い羽根が白銀を覆っていた。迷路のように不揃いな羽根。翼の先端からそれが、どんどん粉のように落下していく。地面に大量の羽根が重なって紅色の斑模様を描き出す。
 翼が引き抜かれると、彼の体から大量の羽根が生み出された。無くなってしまった翼の代わりをするかのように。だが、失ってしまったものは取り戻せず、ただ地面に舞い降りて寄り添うように重なり合う。
「テメェ!」
 もうひとりも走り出した。
「よせ!」
 制止の声は届かなかった。
 突進する。貫く。羽根が舞う。
 呆然とコマ切れの写真を見ていた。無感情のまま、見つめることしか、できない。
「見るな!」
 誰が叫んだか分からない声で正気に戻る。
 泣きそうになったが、精一杯我慢して両手で顔を隠した。強烈な吐き気が襲いかかってきて、無意識のうちに膝をついてしまう。ごほっと咳き込んだ。戦慄で体の震えが収まらない。
 くすくすと少年のように笑って、そいつは言った。
『神に抗うのはルール違反、ですよ』
 脳に直接叩きつけられる。鮮麗なイメージが焼きついた。
 あっという間に惨劇が始まり、あっという間に終わっていた。時間にして数秒もなかっただろう。
『神に抗った罪が死刑なのは当然のことでしょう?』
「……貴様」
『つまり、こういうことですよ。私の存在理由はご理解いただけたでしょうか』
 乾いた、笑い。
『さて、彼らのようになりたくなければ、私が今から言うことを聞いてくださいね』
 どうしていいか分からない気持ちが渦巻いていたが、残された者たちは黙ってそいつの話を聞くしかなかった。
 いつまでも座っているわけにはいかず、強がって立ち上がる。
『ルールは単純。この迷宮を抜けさえすればゲーム終了です。しかし、場面によってたくさんのトラップが用意してありますので注意してくださいね』
 まるで、なにごともなかったかのような口調。機械みたいだった。
『それと、ある場所へ到達したとき、自動的に次の場面に移送されますので、そこの部分は問題ありません。それ以外に何か訊きたいことはありますか?』
「ひとつ」
 優くんが、彼自身とは思えないほど低い声で問うた。
「君は、鏡の意思を具現化したもの、ということでいいんだね」
『ええ。その通りです。それが何か?』
 問いかけの意味は理解できなかったが、ひとの数歩前を常に先読みする優くんだ。今は意味のないことのように思えても、必ずあとに役に立つ。
 そいつも彼の問いかけの意味が分かっていないらしい。
「君もすべてのカードを開いていないんだ。こっちがすべてを話す理由はないでしょ」
『……ふむ、なるほど。それもそうですね。いいでしょう』
 彼は、やつの絶対的な強さを見せつけられておきながら、なお挑戦的だった。理由なんて知らない。だけど、素直に彼の行為を尊敬できた。強い者に平伏すよりも、自分の意思を貫き通している。
『他の方々は?』
「……この中で、魔法というのは使えるの?」
 夏姫が恐る恐る言った。聖也が彼女の前に立っていた。
『ええ、どうぞ。お好きなように。この世界の中では、あなた方の住んでいる世界と同様に魔法は使っても構いません』
「それじゃあ、用具も?」
『はい。ご自由に』
 魔法も用具も使っていいのか……。ならば、ある程度手段はとれるが、場面とやらの設定がまったく予想がつかない。用具を使っていいというものの、少なくとも私はなにも持っていない。魔力を増強させるものだって、なにひとつ持ち合わせていないのだ。
「じゃあ、君が仕掛けた用具を奪い取って使うのも、アリなんだね?」
『ええ』
 優くんが男の子たちの無残な体へと近づいていく。
 屈みこんで言った。
「よろしく」
「ああ」
 聖也は優くんが今からすることを見させないために、私たちの前に立ってくれる。
「そっち、向くな」
 それ以上、なにも言わなかった。夏姫に「ごめんね」と小さく謝っておく。だって、聖也がしていいのは、本来夏姫だけだもの。私がされるのは困る。
 ぶん、と空を裂く音。刀に付着している羽根を振り払ったようだ。
「拭くもの、ある?」
『……ありますが』
「借りていい?」
『どうぞ』
 明らかに場に合わない会話をしているが、とりあえず、やつから拭くものを借りたようで、刀身を磨いているらしい。音だけだから推測でしかないけれど。
「はい、もういいよ。タオル、ありがとね。ついでに鞘もくれるかな」
『……ええ』
 目を開けると、銀色の刀が四本ある。彼らの命を奪った四本の刀。
 血の臭いはしないし、普通の刀に見える。だけど、それでも、これは目の前でひとを殺した武器。
 はい、と手渡してくる。ためらっていると、彼は言った。
「使いたくないのは分かるけど、いつか使わなければならないときがあるんだ。夏姫さんは刀を使えないから、聖也が二本」
「……仕方ねぇか。死ぬよりマシだ」
「そうね……」
 渋々受け取る。確かに、武器もないこのような世界で、今の私たちはあまりに無力すぎる。私たちが出たら、彼らも元どおりになると信じて使おう。
 刀を留める帯がなかったので、手持ちになる上、重いけれど、仕方がない。
『……これ以上のご質問はないようなので、早速、次の場面へとコマを進めましょう』
 最初と同じように、空へと腕を高々と上げる。
 今度は一瞬だった。絵の具が塗りたくられたように、染みが広がっていくように、音も立てずに世界が変貌を遂げていく。
『オープニングはこれにて終了です。たぶん、最後まで私からの助言はありません』
「たぶん?」
『最後まで来たひとがいませんから』
 くすくすと笑う。
『それでは、ごゆっくりお楽しみください』
 軽く一礼をして、新しく作り変えられた景色に溶け込んでしまう。もう、気配もなにもなくなっていく。私の意識も白く塗り替えられていくようだった。

 ※

 遠い、昔のこと。
 わたしが小さかったころのこと。
 朝、起きたら、慌しい音が廊下に響いていた。
 眠り足りないので、目蓋が落ちそうだったけど、一生懸命擦っていた。
「それじゃあ、未波。行ってくるわね」
「……うん」
「ごめんな。また、お前をひとりにして」
「……うん」
「帰ってきたら、いろんなことしようね」
「……うん」
 頷くことしかできなかった。
 ねえ、と問う。
「今度は、いつ帰ってくるの?」
 二人は顔を見合わせたあと、お父さんが頭の後ろを掻きながら言った。
「一週間もかからないと思う。すぐに帰ってくるよ」
「聖也くんと優希くんと一緒だから、寂しくないでしょう?」
「お父さんたちが帰ってくるまでは、いい子にしてるんだぞ」
 いつもどおりの言葉。うん、としか返事をしなかった。
 真っ白な射光で二人の顔がよく見えなかった。
 また、行ってしまう。また、独りになってしまう。また、怖くなってしまう。
 わたしのことを大切に想ってくれていることは知っていた。一番に想ってくれているけど、大切に想っているひとが他にもいる。だから、そのひとたちを助けてあげたい。
 そんな願いを、二人はいつも物語のように語っていた。
 きっと、本当のことだろう。
 その証拠に、いつも急いで帰ってきてくれたし、本当に大変なことでなければ、とりわけ用事を断っていたし、誕生日にはお構いなしに断って祝ってくれた。それだけじゃない。まだまだいっぱいある。
 黙って見送った。誕生日に買ってくれたウサギのぬいぐるみを抱えながら。これがあるから寂しくないとでも言うように。
 だけど、本当に言いたかったことは。
『わたし、独りはいやだよ。お父さんと、お母さんと、一緒にいたいよ―――』
 拙い、言葉の調べ。

 ※

 気づいてみると、森の、中だった。
 幾分と昔のことを回想していたらしい。ガラにもないことだった。過去は振り返らないという主義なので、なるべく思い出さないようにしていたのに。……いや、それは、ただの逃げかもしれなかったけれど。
 木々が生い茂っている。緑に緑を重ねたくらい、深い緑色。
 陽光がかろうじて葉の隙間から入る程度で、夜だろうと昼だろうと変わらないような暗さだ。お互いの場所を確認するのが限界くらいだろう。足元には見たこともない植物がたくさんある。
 作為的に切り払われたと思われる場所に、私たちは取り残されているように立っていた。ここだけ、背丈くらいの大きな葉も、ぬかるんだ泥水もない。至って普通な土の上である。
 ……まいった。私、虫とかゼッタイダメなんだよね。森とかホントにやめてほしい。触る以前に、見ることもダメ。足がいっぱいあったり、なかったりするものはダメ。足と手の合計が四本であるもの以外認めない。
「……出るためには、誰も出たことがないゲームをクリアすることだけ、か」
「あー、ジャングルとかだったら、ライオンとかヘビとか出そうだねぇ」
 ライオンたちは草原に住む生き物だと思うのだが、もしかしたら密林にも出るかもしれない。動物に関しては浅学だったのでよく分からない。
「でも、どうやって動けばいいの?」
 もっともな質問を夏姫がする。
「ええっと、あそことかー?」
 同じように作られている一本の道。余分な草花が生えていないようになっているらしい。そこもここと同じように硬い地面のようだ。
「除草剤でも撒いてるのかな? 髪の毛をバリカンで剃ったみたい」
 ……どこか。夏姫がズレたコトを呟く。おそらく、致命的ではある。そんな問題ではないと思うのだけれど。
 でも、イメージはそんな感じ。大量の除草剤を撒いたみたいに禿げている。
「……とりあえず、進んでみるしかないんじゃないの?」
「そうだな……。ここにいても意味はなさそうだし」
「指示してくれてるんなら、行ったほうがいいんじゃないかなー?」
「でも、本当にあのひと、わたしたちを先に進めてくれるのかな……?」
「だいじょぶでしょー」
「どこにそんな根拠があるんだよ」
「うーん、オレの勘、かなぁ?」
「…………」
 勘だけで、よくぞそこまで断言できるものだ。
「ま、進んでみようぜ。他の道からなんて行きたくねぇだろ」
「そうね。わたし、草を掻き分けて進むなんてワイルドなこと、したくないわ」
「未波、こういうの、嫌いだものね」
「ええ。夏姫はだいじょうぶなの?」
「うん。あ、でも、服が汚れるのはちょっといやかも……」
 思い出したように、ロングスカートの裾を持ち上げる。地面についていたわけではなかったので、汚れてはいなかった。お気に入りだったらしく、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「夏姫、お前、ヤバくなったら服の汚れなんて気にすんなよ」
「わかってるよぉ。命と服だったら、命のほうをずーっと大切にするよ」
「それならいいんだけどさ。お前のことだから、ちょっと危ないかと思って」
「ひ、ひどいよ……。さすがにそこまではしないもん」
 もうっ、と怒る夏姫に、聖也が笑いながら、ぽんと頭の上に手を載せる。私もやったが、なんだかこの子の頭には、どうしてか手を載せたくなってしまうのだ。
「あー、まーさ。そうしているのも、見ているこっちとしては飽きないんだけど、そろそろ先に進もうよー」
 優くんが子どものように笑って冷やかした。確かに、このペースでは話がまったく進まない。
 一本の道を歩き出す。湿気が多くて、せっかく洗った髪がべとつく。
 進んでいくにつれて、だんだんと暗闇が濃くなっていく。冷たい風も吹き始めた。
 男の子は男の子同士で。女の子は女の子同士で歩いている。
 内容はよく分からないが、結構前から前の二人が小声で話していた。
「さっきから、なに話してるんだろうね、あの二人」
「ううん……。分からないけど、仲がいいから話が尽きないんじゃないの?」
「そっか。それもそうだね」
 ……夏姫にはそう言ったが、二人がわたしに隠れて話しているのは、いっつも隠し事なのだ。それも、おおよそ大事なこと。
「……なあ、優希」
「んー?」
「お前、この迷宮について、なんか俺たちに隠してることがあるだろ」
「ちょびっとだけね。予備知識というか、そんなもんだけど」
「なら、教えといたほうがいいんじゃないか。未波たちにはよ」
「うーん。そーだな、あえて言うなら―――」
 鞘から、刀を外す。
 目の前に巨大な体。猫のようにしなやかに、そして、金色の美しい毛が生え揃っており、口元は真っ赤に染まっていた。
「―――どんなことがあっても、逃げ道があるということ、かな」
「どの条件で言えるんだ、お前は……」
 獲物を見つけて殺気立っている、通常の倍くらいの大きさのライオンみたいな獣。
 それも一頭でなく、複数だった。狩りを行って失敗したあとなのか、一匹だけしか食べていない。
 すなわち、他の獣たちはなにも食べていないので、お腹が減っているというのを見て取るのに苦労しない。おびただしいほどの唾液が滴り落ちているから。痛々しいほどの視線が浴びせられる。
「夏姫、背を向けずにこっちに来い」
「あ、うん」
「後ろにいて、魔法を頼む」
「うん」
 刀を持っている者たちで三角形を作り出し、その中心に夏姫。魔法を使うのに、障害がない配置だ。
「で、どうするのよ、これ」
「そーだねぇ。こっちもお腹が空いてるし、ライオンみたいなものでも食べてみる?」
「そんなキワモノ、絶対イヤ」
「じゃ、倒すことが第一じゃなくて、さっさと先に進むことを第一にするよー」
 優くんが目的を告げると、それが引き金のように数匹の獣が同時に跳躍する。
「未波、行ったぞ!」
「分かってる!」
 なるべく殺したくない。血が飛ぶのとか、好きじゃない。
 ノコギリのような歯が飛びかかってきた。食べることしか頭にないかのように。
 ためらわず銀色の閃光を跳ね上げた。
 一撃を放った刹那に、尖った犬歯を両断する。バキンと折れて、獣が悲鳴のような叫びを上げながら、深い草の中でのた打ち回る。
 痛かったかな、痛くなければいいんだけど。そんなことを頭の中で描いてしまった。
 痛みを抑えるのに精一杯のようで、これ以上、その獣を傷つけなくても襲ってくることはなさそうだった。弱虫さんなのかもしれない。
 両サイドから迫り来るメスの獣。目には狂気すら浮かんでいた。
 うあ、ライオンに似ているのなら、確かに、狩りに失敗したらオスに怒られてしまう。必死なのも分かる気がする。
 一方を同じように弾き飛ばすと、一瞬の時も置かずに、もう一方が鋭利な刃物のような爪を煌めかせて首を狙ってきた。
 前に姿勢を崩して、片手だけで体を地面につけずに一回転。走る五本の線を刀で受け止める。
「く――っ」
 重い。抑えた両腕が痺れていた。
 男っぽく見えてしまうらしいのがちょっとばかり不服だが――夏姫のように女の子らしくするよう努力しているけれど――やっぱり私は女の子なのだ。
 これくらいの巨体の全体重を乗せた一撃が、軽く流せるほどの腕力はない。
「ち―――」
 舌打ちをして、刀を低く構えなおす。
 棒みたいな腕では支えきれない。受けずに倒す。
 グルルルル……。
 正眼の構え。一点だけを直視する。不思議と焦りや畏れはない。
 大きく吼えたあと、弾丸めいた速度で首を刈り取ろうと爪を薙いだ。
 同時刻。刀を横凪ぎに振り払った。
 五本の爪がきれいに宙へ残留する。続けて、もう片方の爪。
 地面に刀を刺し、棒高跳びのように反動を利用して、天を穿つように右足で獣の腹を蹴っ飛ばした。
 空高く、舞う。
「これでどーだ。刀さえ持てば、そこまで弱くないもんね」
 魔法使いだからといって、武器が扱えないわけではないのだ。というよりも、魔法よりも刀を使うほうが好きだったりするのは内緒であるが。
 優くんが言ったとおり、最優先にすべきことはみんなの安全と、先に進むことだ。
 だから、とにかく前へと走り出――そうとした。
 獣が、生き返ったかのように、最初に倒した、獣が、起き上がった。
 振り返ると、死に満ちた叫び声を咆哮している。
「未波!」
 獣が火達磨と化した。金色が朱色になる化学変化のよう。
 絶叫して倒れこむ。絶命していた。今度こそ、もう立ち上がれない。
「だ、だいじょうぶ?」
 夏姫が急いで駆け寄ってきた。
「ありがとう、夏姫。助かったわ」
「ケガとか、ない?」
「ないよ。心配してくれてありがとう」
「それならよかったよ……」
 本当に幸せそうに笑ってくれる。なんだか、こっちまで幸せになってくる微笑み。
「あ、優くんと聖也は?」
「二人とも、だいじょうぶだよ。未波が最後だもの」
 う……。確かに。他の二人は私よりも多くの獣を戦闘不能状態にしている。夏姫は私の質問に対して律儀に答えてくれたが、内心ちょっとショック。
「てゆーか、結局、全部倒しちゃったねぇ」
「未波が遅ぇからな。安全になったわけだし、いいんじゃねぇの?」
「まー、そりゃ、未波はあれでもいちおー女の子だからね。近くに夏姫さんがいるせいで、女の子は夏姫さんしかいないイメージだけど」
「右に同じ」
「……聞こえてるって、あなたたち」
「あー、わりぃわりぃ。女どころか存在すら忘れてた」
「ブチ殺すわよ、あんた」
「ほらほらー。そゆコト言うから、未波は女の子っぽく見えなくなっちゃうんだよ。元々は美人さんなんだから、笑わないと、ね?」
 無邪気に笑いながら言う。
 あ……まずい。今の優くんの発言は、間違いなく私を破滅させる。
 事情を知っている夏姫は、今の私を見てくすくすと笑っていた。
「ちょ、ちょっと、夏姫。笑わないでよっ」
「あ、ご、ごめん。気づかれちゃうもんね」
「だから、そういうことを言わないでっ」
「うん。分かった」
 ごめんね、ともう一度謝る。……もう。
 呻き声を上げながら倒れている獣たちに、どこも出血はない。おそらく、彼らは斬ることはせず、自らの手と刀の平だけで処理したらしい。
「未波、もうだいじょうぶなのー?」
「ええ。ケガする前に夏姫が助けてくれたからね。優くんたちは?」
「俺たちは無傷。夏姫に魔法を使わせる必要すらなかったな」
 にたり、と笑う。むかむか。
「うるさいわね。わたしだって、本気出せば余裕だったの」
「本気を出せない場面で本気を出せる実力がなきゃ、意味ねぇんだよ」
「いつも魔法の実技試験で、本気らしきものを出せないあなたに言われたくないわね」
 前の試験の時だって『今日の俺は本気じゃない』とか言って、赤点ぎりぎりの評価をもらっていた。そんなだったら、最初から本気出せばいいじゃない。そんなやつに言われたら屈辱極まりない。
「はいはい、そこまでー。口げんかはそこまでにして先に進もうよー。またヘンなのと戦うのはいやだしさ」
「そうね。……というより、もう遅いみたいだけど」
 仲間を呼び集めていたのか、さっきの数倍はいる。奥にも微かに影が見えているからもう少しいるだろう。少なくとも、私の手に負える数ではない。
 視線を流すと、四方八方囲まれていて、まともに戦っていたら挟み撃ちになってしまうことが分かる。
「あー、さすがにこの多さじゃめんどうだねー。どーする?」
「前方だけ切り捨てるぞ。優希、後ろを頼む」
 頷いて、私たちの後ろに回り込む。
 道が狭いから、どうしても横になって戦うことはできない。一歩踏み外せば道も悪いし、元からの住人のほうが地形的に有利なはずだ。一直線になって、左右を注意しながら逃走しなければ命がいくつあっても足りない。
「未波と夏姫は、俺と優希の真ん中だ。お前は夏姫を守ってやってくれ」
「了解。さっさと先に進んでね。わたしの進行スピードを邪魔しないように」
「お前こそ、遅れて優希に引っ張られんじゃねぇぞ」
 聖也が走り出す。夏姫を確認しながら、大きな背中を追いかける。
 横に来た一匹は、私が刀を振るう前に聖也に弾き飛ばされてしまっていた。ああ言ったものの、結局は自分だけで私たちを守りきるつもりなのだ。
 だが、後ろも配慮しながら先頭を進むのには無理がある。
「聖也! あんたは前だけ向いてなさいよ!」
「お前にゃ、全部、任せられねぇんだよっ」
「全部なんて言ってないわよ! 横のはわたしがやるから!」
「っ……。悪い」
 加速をつけたまま、前方から飛び込んできた獣を蹴っ飛ばす。林の中に突っ込まれ、動かなくなっている。見た目に反し、きちんと急所を撃ったらしい。
 走ったまま左右の攻撃を防ぐのは、思っていたよりも遙かにつらかった。こんな中を聖也がひとりきりで対処していたかと思うと、やはり彼はすごいひとだと思う。
 一本道をひたすらに走る。
 迫りくる獣を跳ね返し、想いをひとつにして。
 コンパスの先のような細い光が見えだした。あれがこの猛獣たちの住む密林からの出口なのかもしれない。やつ曰く、次の場面への到達地点。
 確認したのを確かめる暇もなく、その光目がけて走った。
「あー、ちょっとまずいねぇ」
「なに、がよ?」
 集中して走りながら防御しているからか、異常なまでに息が切れている。それに対して、彼はいつもどおりだ。ノンキなのも相変わらずだが。
「道が、狭くなってきてる」
「は?」
「このペースだと、オレはゴールできなさそうだなー」
「なに、言ってん、のよっ。みんなで、出るに、決まってる、でしょっ」
「……そうだね」
 顔を見ることなんてできなかったが、きっと笑っていると思った。どうしてかは分からないけれど。もしかしたら、どこかのゲームみたいにこの危機的状況を楽しんでいるとか。まさか、ね。
「夏姫、この状態で魔法、できるか?」
 聖也が前を向いたまま声を張り上げた。
「え、う、うん……。さっきから、未波の援護は、きちんと、してるよ」
「前の大樹、焼き切れるか?」
 走っている直線の右側にある、一際大きなヤシの木だ。この世のものとは思えない。ヤシの木のクセに幹が私の背の倍の倍くらいある。
「倒す方向とか、だいたい分かるな」
「うん。だいじょうぶ」
「タイミングも?」
「うん」
「よし。それができればひとまずは安心だろ。頼むぞ」
 刀と歯が交錯する。押し切って振り払うと毛の一部が木の葉のように舞った。
 かわしてバランスを崩した獣を、左の逆手で鞘を真一文字に薙いだ。ぶん、と空を切り裂く華麗な音。
 ―――あ、まず。
 思ったときは、既に遅かった。
 鞘で叩き気絶させるつもりが、俊敏な動きで見事に当たらずじまい。
 大きな口が顔の近くまで迫る。もしかしたら、絶叫とかあげてたかもしれない。真っ赤な喉元が見え、同時に死が視えた気がした。
 首を折って避けようとして、それでも間に合わないと思った瞬間。
 ばこん、とものすごい音がした。鈍器で殴ったみたいな音。
「未波、だいじょぶだった?」
「今の、あなたがやったの?」
「そうだけど、どうして?」
 ……この子、思ったより度胸があるらしい。簡単にひとを殺してしまう獣を素手で殴るなんて、私じゃできない。てゆーか、どこで叩いたんだろう……。普通の音じゃなかったような、気が、しないでもないんですけど?
「それより、夏姫。さっき、聖也に、言われたこと、だいじょぶ、なの?」
「心配しないで。だいじょうぶだから、未波は自分のこと、やって」
 切れそうなほどの鼓動を見つめ合っていた。
 私は弱い。
 だから、夏姫には自分のことだけをやってほしいと言われた。
 弱者は、自分のことだけで精一杯だから。
 夏姫は強い。
 だから、他人のことまで世話を焼くことができる。
 強者は、自分のことは充分だから。
 夏姫のあまりにまっすぐな瞳で言われて、彼女への心配を頭から切り離す。
 私は弱者だから、弱いなりに一生懸命やらなきゃ。もう失敗しないように。彼女にも、なるべく自分のことをやってもらえるように。
 詠唱が微かに聞こえ始める。きれいな風鈴のように透き通った声。
 手をあの大きな木へと向けると、空気に魔力が伝わっていく。僅か右、その僅かな差こそが重要だった。
 開いた手を握りしめると、木の右部分で空気が発火した。手榴弾なんか比でもないほどの強烈な爆発。距離は遠いが、燃え盛った炎は空気を舐め、温度を急上昇させた。剥き出しの肌がちりちりする。
「未波、跳べ!」
 言われて、どうしてと問う前に空中で一回転した。陸上競技で言う、背面跳びのような形で。鳥になった気分だった。
 メキメキと音を立てて木の骨が軋む。ゴウゴウと悲鳴を上げている。
 脱落した大樹が真下に――いや、真上に見えた。
 赤い炎が空を舞っているようだった。なにか熱いものを押しつけられていると思ってしまうほど、強烈な熱気が顔面を包む。ヤケドしそうだった。
 地面に降り立つ寸前、後ろを走っていたひとが目の片隅で捉えた。
「連絡もなしにこの扱いは、ちょっとヒドいんじゃないかなぁ」
 そんな声が火炎に紛れて聞こえた気がした。
 着地して、後ろを振り返る。
 彼は、舞い上がる小鳥のように飛んだ。
 刀で燃えている大樹を受け止め、流すように獣の群れへと放つ。赤き流星みたいだった。
 走ってきた道を遮断し、即座に夏姫が風を巻き起こす。私たちのほうから大群へと吹き抜けていき、瞬く間に道を道でなくしていく。
「まだだ、走るぞ!」
 多くは足止めを食らったり、慌てて引き返してきた仲間と衝突したりして機能していないが、外側を走っていた連中は回り込んで獲物を追いかけてくる。凶器と狂気を引き連れて。
 駆け抜けている途中、私はある変化に気がついた。
 壁が迫ってくるような特殊な威圧感がある。
 遠くの光を追いかけても、それが高速で走っている割には大きくなっていかない。
 まさか――本当に、出口らしきものが、狭くなってきてる―――!?
「聖也! あれ、狭くなってる!」
「トラップ、か?」
 各地に仕掛けてあるらしいトラップ。その一環である可能性。充分ありえる。
「優くん、どうするの!?」
「どーしよーねぇ」
「こんな時まで、そんなこと、言ってないでよ!」
「聖也と夏姫さんはどう思うのー?」
「この状況じゃ抜けるしかねぇだろ。取り残されんのもいやだし。喋ってないで、さっさと全員で抜けるぞ」
「ええっと、わたしも、聖也くんに、同意見、かな」
 女の子二人は息切れしている。この男たちは体力が底なしのように思える。
「そだね。じゃ、そーゆうコトで」
「ちょ、ちょっと。根本的なことは、なにも、解決してない、でしょうが!」
「だから、取り残されるのはオレだけでいいって」
「よくないっ。絶対、ダメ!」
 いい加減、声が枯れてくる。みんなで出なきゃ意味がないでしょうにっ。
「そお? だって、出れば復活できるじゃん。こう、ばーんって」
「バカなことやってないで、お前も速く走れ!」
 会話を無理やり打ち切って、また同じことの繰り返しが始まる。
 私は絶えず視線を前に向けていた。
 電池切れ寸前の外灯のように、ちかちかと瞬いている。
 もう、誰にも意見を求めることはせず、ただ夢中になって駆け抜ける。
 変な獣だって、何度も弾き返されているのに疲れたのか、私たちのペースでも追いつく気配がない。まるで、走ることに集中せよ、とでも言うかのようだ。
 前方にある穴は、さらに加速して小さくなっていく。
 消えてしまったとしたら、ここから出られなくなるかもしれない。そんなことが頭をよぎる。
 そんな思念さえも断ち切るように、走ることに集中する。考えるのはあとだ。
 あと、もう、少し。
 もう少しで、辿り着く。
 まだ、充分な大きさは、ある。
「どーするの?」
「飛び込め!」
 優くんの問いに、間髪入れず聖也が返答する。
 聖也、夏姫の順で飛び込んだ。同時に姿が見えなくなってしまう。
 続けて、私が入ろうとすると、瞬間的に穴が―――
「な――っ!」
 充分、全員が間に合うはずだったものは、一瞬にして、不可能な大きさとなってしまった。
 独りで入るのをためらい、やたらと消極的だったひとが心配で、そんな余裕はないと分かっていつつも振り返ろうとする。
 振り返るか、否か。
「ちょ――優くん!?」
 彼の手が私の首近くの服を掴む。
 押し倒すように穴へと放り込んだ。
「オレ、フェミニストみたいでさ」
 くすりと場違いな笑いを浮かべて、彼のバカさになにも言えないまま、穴へと吸い込まれてしまった。

 ※

 音も立てず、まるでなにもなかったかのような静けさ。
 残された、独り。
 むせ返ってしまうほどの暑さ。
 森が濃くなって、闇に目が馴染まない中。
 彼は、小さく微笑んだ。
「まったく……。厄介なものを作ってくれるなぁ」
 また獣が襲ってくるかもしれない。もう二度と出られないかもしれない。
 そんな状況の中、それでも、彼に恐怖はない。
「いーよ。今、オレだけだから」
 虚ろな空気に声をかける。
 形のない答えが返ってきた。
『やはり、あなたが残ったのですね』
「うん。だって、他のみんなじゃ死んじゃうでしょ?」
『……あなたは、いったい』
「神に仇なす者、とだけ言っておくよ。さて、少なくとも、オレに残された時間は少ないから、ちゃっちゃと話を進めよう」
 影の映らない不思議な神さまとやらと対峙する。
 陽炎の如く揺らめくそのローブは、異次元を漂う亡霊めいている。
 囁くように諭す声が、異様なまでに暗い森に残響していた。

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